氷砂糖
手術の後
久し振りに実家に帰った
庭で煙草を吸い 夕食を食べた
「タバコは止めきらなかったんだ」と寂しそうに父がいった
瓶に入った半透明な
長方形の小さな固まり
何かと聞くと氷砂糖だと母が答えた
「タバコの変わりにくわえておくと口寂しくないわよ」
「そうかもね」とぼくは答え
氷砂糖を一粒口にくわえた
甘くはなかった
懐かしい味がした
煙草をやめようかと思った
手術の後
久し振りに実家に帰った
庭で煙草を吸い 夕食を食べた
「タバコは止めきらなかったんだ」と寂しそうに父がいった
瓶に入った半透明な
長方形の小さな固まり
何かと聞くと氷砂糖だと母が答えた
「タバコの変わりにくわえておくと口寂しくないわよ」
「そうかもね」とぼくは答え
氷砂糖を一粒口にくわえた
甘くはなかった
懐かしい味がした
煙草をやめようかと思った
一泊旅行に誘った
行きの電車の中
「私のひいお婆さんは被爆者なの」と彼女がいった
私は生返事をした
翌日 鳥島に渡った
崖の上の台地に海鳥が一杯巣を作っていた
上空にも海鳥がいっぱいだ
女の子は卵を一つ手にとって抱えた
「ねえ 私が抱いたら奇形の雛が生まれるかしら?」
「そんなことはないさ」と私は答えた
突然 爆音がしてヘリコプターが島の近くを通っていった
軍用ヘリだ
私は一抹の不安を覚えずにいられなかった
君と出会うまでは
独りぼっちの寂しさに気づかなかった
一人の部屋の中
時計の針が進む度に
君の顔を思い出す
君と出会うまでは
ビデオを観ているだけで楽しかった
一人の部屋の中
同じシーンを繰り返す度に
君の唇を思い出す
君と出会うまでは
音楽を聞いているだけで楽しかった
一人の部屋の中
同じ音楽が流れる度に
君のぬくもりを思い出す
砂浜に車を止めて
二人寄り添って座った
カーラジオからはボブ・ディランの曲が流れている
天に瞬く星の間で 僕らは長いキスをした
堤防の脇に車を止めて
海辺まで歩いた
砂浜に一人座っていると涙がこぼれてきた
車に戻ると カーラジオからはウォールフラワーズの曲が流れていた
「ボーカルはボブ・ディランの息子だそうです」
また新しい一つが始まる気がする
君とのデートの帰り道
突然 雨が降り出した
切妻屋根の軒の下
僕は君の肩を引き寄せた
雨に濡れた君の肩
雨に濡れた君の頬
雨に濡れた君の髪
通り雨がやみ 路面に光が差した
君しか居ないと確信した
ある夏の午後
エチオピアのオルディアイ渓谷
それは650万年前の地層から現れた
それは最古の類人猿だった
それは女性だった
それには標識番号が付けられた
頭蓋骨1470
打ち上げのパーティーの夜
「彼女の名前は?」と誰かがいった
バックミュージックにビートルズの
『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ザ・ダイヤモンド』
「彼女の名前は決まった」と私はいった
怒っていたから
小学生の時の修学旅行の写真
高校生の時の演奏会の写真
中学生の時の思い出写真
昔君が祭りにいった時の写真
昔の君のゴロ寝の写真
ディズニーランドにいった時の写真
スピッツのCD
手作りの小さなマクラ
四つ切りのプリクラ
二本の腕輪
プラスチックの指輪
宇多田ヒカルのカセット
手書きのイラストの入った手紙
全部 袋に詰めました
「やり直したい」といってくれたから
全部 元の場所に戻しました
二人の思い出を一杯ふやしていこうね
もぎりのバイトをしていた
黒い大きな瞳が印象的だった
何回目かのデートの待ち合わせ
彼女のバイトが終わってから
映画を一本タダで観ようと
早めにいった
「日はいい物を見つけたわよ」
彼女の目がキラキラ輝いた
「何?」
彼女は仕切りの下に手を伸ばし
バッグを探った
出てきたのは薄い緑の御飯茶碗
なんでもないただの器だった
コム・サ・デ・モードが好きな彼女
不釣合なその器
彼女はますます彼女が好きになった
冬の公園で
ベンチに二人並んで座った
近寄ろうと腰をずらすと
彼女は腰をずらし少し離れた
肩を抱けそうで届きそうにない距離
何回デートをしただろう?
ベンチに座るたび
その距離が遠くて 抱き寄せることができなかった
僕の誕生日
ベンチに座って 僕はプレゼントを受け取った
僕は手を伸ばし 彼女の肩を抱いた
以外と簡単だった
あんなにも遠く感じた距離が
勇気がなかったせいだ
少しだけ二人の距離が近付いた
数年前に死んだ僕の母方のお祖父さんがよくいってた言葉
本当の意味が分からなかった
父方のお祖父さんがベンチに座って海を見ていた
僕は隣に座ってその事を話した
「わたしには良く分かるよ 君にはまだわからないだろうけど」
僕はまだそれを感じとる事のできる時間の中にはいないみたいだ
「珈琲と煙草があれば生きていけるさ」
学生時代 僕の先輩がいった言葉
その時カッコイイと僕は思った
その先輩が交通事故で入院した
僕は缶コーヒーを持ってお見舞いに行った
二人で病院の屋上に上がった
「バコはあるかい?」
「イライトならありますよ」
先輩は口の端で笑った
うれしかった
井上陽水の歌に『能古島の片思い』というのがある
博多にあることは知っていた
半年ぶりに東京でデートした翌週の土曜日
僕は博多まで彼女に会いにいった
昼間は二人でデートしたが
夜は一人でホテルに泊まった
翌日 僕は能古島にいった
小さな島で さびれかけていた
海水浴場まで行く時間はなかった
フェリー乗り場の近くの砂場に腰掛けて時間を潰した
波の音が絶え間なく聞こえる
君に会いにくるんじゃなかったと思った
僕の恋は片思いだったと知った
五月の終りの月曜日の午後
午後の喫茶店
アイスコーヒーとグレープフルーツジュース
「今日は眠むそうだね」
「O・ヘンリの短編の『凧』がむしょうに読みたくなったって
一晩中部屋の中を探したけど見つからなくて」
「一晩中?」
「一晩中」
「探してあげるよ」
「ありがとう」
六月の終りの日曜日の午後
午後の喫茶店
アイスコーヒーとグレープフルーツジュース
「見つけたよ」
「よかった 見せて」
眉間に皺を寄せ本を読む君
「そうこれ」
「探すの大変だったんだぜ 都内全部の図書館に電話して
横浜の市立図書館の書庫にやっとあったんだ
しかもO・ヘンリじゃなくて サマセット・モームの作品だったし」
「いいじゃない 勘違いしても」
君は僕の頬にキスをした
どこにいっていたの?
みんな心配したんだよ
砲台のある丘の上から
学校の体育館を見ていた
バスケの交流試合でみんなの歓声が聞こえたよ
お兄さんは一体何になりたいの?
ライ麦畑の番人さ
崖の端に立って子供達が落ちないか見張るんだ
ほら 『ライ麦畑でつかまえて』って歌みたいに
あれは『ライ麦畑で会ったなら』でしょ
それはどうだっていいのさ
公園の芝生に
彼女と二人で寝転んで
空を見ていた
雲一つ無い空
高みを増すにつれ
深みを増す空の青
「地球は青かった」
「何 それ?」
「むかしのソ連で 初めて宇宙に行った
ガガーリンが地球を見ていった言葉だよ」
「ふーん」
「こうしてると 地球が青いって分かるよね」
「変なの」と彼女が笑う
「ねえ 今度 僕の実家にいってくれないか?」
素直に出てきた僕の言葉
「それって プロポーズ?」
「駄目かな?」
彼女は黙って空を見ている
どこまでいっても続く空
「・・・いいわよ」
青い地球の青空の下だった
ラジオのスイッチを入れる
聞こえて来る「テン・ザウザンド・ヴォイス」のイントロ
陽気なDJ
僕は珈琲を淹れ始めた
いつもの夕暮れの時間
ラジオのスイッチを入れる
「いつも聞いてくれてありがとう
でもこの番組は今日で終わり
明日から新しい番組が始まる
いつもはイントロしか聞かせなかった
『テン・ザウザンド・ヴォイス』を
今日は最後まで聞かせてあげよう」
陽気で悲しげなDJの声
僕は珈琲を淹れ始めた
いつもの夕暮れの時間
ラジオのスイッチを入れる
鼻につく女のDJ
珈琲を淹れる時間を失ったみたいだ
「お祖父さんの時はどうだったんだ?」と王子様はいった
「それはもう 森を探せば
いたるところに美女が眠っておりました」と家来が答えた
「お父さんの時はどうだったんだ?」と王子はいった
「それはもう 白馬に乗って街を歩けば
窓際の女の子が喜んで飛び乗ってきました」と家来が答えた
オンボロジープにジーパン姿
荷台に積んだカメラ用具一式
「それが今ではこの有様か」と王子様はため息をついた
「へい」と家来が答えた
「橋はまだか?」と王子様はいった
「橋の近くに貴方様を待っている人妻がきっといますよ」
と家来が答えた
屋根のある橋が見えてきた
遊園地に行こうと誘ったら
野球がいいと君は答えた
芝生のある外野席のデイ・ゲーム
空が青くて丸い
硬球が空高く舞い上がりスタンドの中に落ちた
僕は両手を宙に浮かしたままだった
どんな気分?
空をキャッチしたよ
7回裏に君は唄を口ずさむ
「何の唄?」
「なんでもない なんとなく また 野球に連れてってって」
「ピータ・ローラって映画俳優を知ってる?」
「知らない」
「アル・スチュアートって歌手は?」
「知らない」
「イヤー・オブ・キャットっていう曲は?」
「知らない。どうして?」
「今度、ヴォーカル学校の発表会があるの」
「分かった。
アル・スチュアートのイヤー・オブ・キャットを歌うんだね。
歌詞の中にピータ・ローラって名前が出てくるんだ」
「ハンフリー・ボガートが死んだ朝
僕はピータ・ローラみたいに酔いつぶれて町をさ迷ったって」
「ああ それは 役名だよ
カサブランカの冒頭で店で酔いつぶれてる男の名前さ」
「ありがとう あなたなら知ってるって思った」
君からの半年ぶりの電話だった
朝の喫茶店「絵夢」
ご注文は?
モーニングセットを2つ
お飲み物は?
コーヒー ブラックで
目玉焼き
ドレッシングのかかったサラダ
トースト二枚 バターとイチゴジャム
ブラックコーヒー
「そんなにまずそうな顔して飲むなよ」
「だって あなたがブラックコーヒー好きだから」
僕は君のカップに角砂糖を2粒落とした
「恋恋風塵」をみていたら
無人のプラットホーム
文字盤のない時計
長針がピッと動いた
文字盤のない僕の腕時計
目を離したスキに一分進んでいた
ただそれだけの話なんだけど
「アポロ13」をみていたら
トム・ハンクスが
分厚い宇宙服の上
腕時計をはめていた
月まで行った時計が欲しくなった
ただそれだけの話なんだけど
「夏物語」をみていたら
壁にオアシスのポスターが一枚だけ貼ってあった
僕は久し振りに彼らのファースト・シングル
「スーパーソニック」を聴いた
ただそれだけの話なんだけど
ポケットの中の財布の中の擦り切れたサラブレッド・カード
ライスシャワー
二冠馬ミホノブルボンに勝って 菊花賞馬になった
その根性 美しい栗毛 空を飛ぶような跳躍
僕は彼が好きになった
彼の単勝馬券を買い続けた
3回喜び
あとはよくやったと褒めてやった
でも 復活の兆しが見えてきた
第36回宝塚記念
彼の姿が3コーナーで消えた
予後不良
それ以来競馬は止めた
サラブレッド・カードだけが財布に残った
ダンスフロアーのあるバー
「Vacation」が始まって
君はフロアの一番前で踊っている
あんまり上手くはないけどね
君は腕を振りながら戻ってくる
フロアーが暗くなり
花火の輝くカクテルグラス
「あれは 何なのかな?」
「誕生日の人はお店からプレゼントしてもらえるの」
生バンドの演奏する
「Happy Birthday To You」
「あんなの 恥ずかしいよな」
「あなたの誕生日は?」
「・・・今日だけど・・・」
君は右手を上げてウエイターに合図を送った
あの頃 君はアルバイトへの行きかけ
アスファルトの裂け目を踏まないように
気をつけて歩いていた
無事にたどり着けたら
素敵な彼氏に会えると信じていたね
通りの向こうで苺売りの声
君は窓辺べに頬杖ついて
青いリンゴを頬張っていた
「泳ぎに行かないか」と声をかけたら
億劫そうに でも
「行くとするか」って答えてくれたね
北の町に嫁いだくせに
寒いのは嫌だといって
今 僕は君の家の窓の下
車の窓から首がねじ切れそうなほど顔を出して
「泳ぎに行かないか」と声をかけたら
億劫そうに でも
「行くとするか」って答えてくれた
朝 起きたら
僕は「おはよう」といってみる
楽しい時も 悲しい時も
寂しい時も 嬉しい時も
朝 起きたら
私はいつも
ドラえもんの『どこでもドア』が欲しいと思う
楽しい時も 悲しい時も
寂しい時も 嬉しい時も
朝 起きたら
私はいつも朝食を作る
楽しい時も 悲しい時も
疲れた時も 嬉しい時も
愛する子供とあなたのために
「おい 起きる時間だぞ! 全くお前は怠け者なんだから」
「兄さん 今日もバレエ教室かい? かわいい娘を紹介してくれ」
「お前は戦場にでもいってきな
どうせろくな写真もとれないんだから」
「今日は何月何日だい? 兄さん」
「6月6日だよ 日付も忘れたか?」
「いけね オマハ・ビーチにいかなくちゃ
とびっきりのスクープがあるんだ」
「いってきな どうせ ろくな写真はとれやしねえんだから」
「ああ 出かけてくるよ 午後には帰ってくる」
そして 8月16日の朝
「おい 起きる時間だぞ!」
「もう起き上がる必要はないよ 戦争は終わったんだ」
村の長老はいった
「夜空で一番輝く星はシギトロという それは宇宙の中心」
僕の頭上にはシリウスがあった
「その星の横にポトロという星があるそれは
とても小さくて眼には見えない」
僕はシリウスを見つめた
「ポトロはシギトロの回りを 50年かけて回っている」
僕の年齢はまだその半分を越えたぐらいだ
「ポトロはサガラという重い金属で出来ている
サガラは私らの手には入らない」
「地球上には存在しない?」
長老はゆっくりと首を縦に振った
「ポトロにはアンマとノンモが住んでいて
アンマはノンモに似せて人間を作った」
「それはホント?」と僕は訊いた
「本当だとも」
僕は遠い星 シリウスを見つめた
赤いTシャツ 赤い半ズボンのサンタクロース
トナカイは?
服が脱げないから きっと暑さでへばっちゃたんだよ
へばっちゃうって?
疲れて家で寝てるんだ
どうやってきたの?
スロウ・ボートできたんだよ
プレゼントは?
貰ってきてごらん
テーブルの上にはクラウド・シュガー
これはなに?
雪のかたまりだよ
たべてもいい?
ちょっとだけ齧ってごらん
あまい あまい ゆきって あまーい
お父さん結婚していいよ。来年は新しいお母さんと一緒にこよう?
ありがとう
「もうバスには乗らない」
娘は幾度となく繰り返しいった
「母に会いに行くか?」と私は尋ねてみた
車の助手席に娘を乗せてドライブに出かけた
山奥の曲がりくねった道
そこだけガードレールがねじきれていた
ダムの湖水の縁にバスの残骸は残っていなかった
私は花束をダムに向かって投げた
「お母さんに会えたかい?」
娘は私に抱きついた
涙を流していた
「バスに乗って帰る」と娘はいった
もう泣いてはいなかった
姉とは昔から一緒に遊んだ記憶がない
年が離れていたせいだ
姉は『チューリップ』という名前のバンドが好きだった
三枚のレコードを残し 街の学校の寮に入った
四枚目からは僕がアルバムを買った
僕が街の学校に通うようになった時
姉はもう幼稚園に勤めていた
高校三年の夏のお盆休みに帰省した
町に戻る時 姉だけが僕を送ってくれた
バス停でバスを待っていると
「前を歩いてみて」と姉がいった
僕は少し緊張して姉の前を歩いた
「男の人って 誰でも歩く時 ガニマタになるのね」
僕はガニマタじゃないと否定した
姉は笑うだけだった
一週間後 姉が結婚することを知った
ガニマタで歩く旦那だった
『チューリップ』のアルバムは全部そろって
今でも実家に残っている
アパートに戻って
コタツに潜り込み
君からの手紙を読んで
君にもらったマフラーを抱く
テレビもつけず
ラジオも聴かず
君からもらった本の背表紙を見つめる
時折 車のエンジン音が遠ざかる
静寂 静寂
静かな夜の静かな生活
目覚し時計の音に気がつき
時間の流れを目で知った
心がゆっくり流れている
静かな夜の静かな生活
こんな夜があってもいいだろう?
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